カスタマーハラスメントとは、顧客の立場を利用した嫌がらせ行為のことです。その増加は社会問題にもなっており、被害を受けている従業員も増えています。本記事ではカスタマーハラスメントの事例やクレームとの違い、対策方法、厚生省の取り組みなどについて紹介します。
カスタマーハラスメントとは?
カスタマーハラスメントについて法律上の定義はありませんが、顧客や取引先による悪質なクレームや不当要求などの迷惑行為を指す言葉です。カスタマーハラスメントはどのような行為なのか、クレームとの違いや増加している背景について紹介します。
カスタマーハラスメントになる事例
カスタマーハラスメントは近年、増加の一途をたどっていることが問題になっています。リサーチ会社が2019年、企業でクレーム対応を行った経験のある会社員を対象に行なった調査では、半数以上が「直近3年間でカスタマーハラスメントが増えている」と回答。約6割の人が「カスタマーハラスメントに困っている」と回答しています。
実際にあったカスタマーハラスメントの事例は、次の通りです。
- クレームの電話をかけ、長時間話し続ける
- 対面で謝罪と土下座を要求させる
- 不当な金銭要求をしてくる
- 使用済みの商品を返品して返金を要求する
- 特定の従業員に対する人格攻撃を行う
- 高額な賠償請求をしてくる
- 暴力団など反社会的組織が後ろにいることを匂わせる
- 数時間にわたりクレームを行い、従業員を長時間拘束する
- SNSで悪質なコメントや事実と異なる内容の書き込みを行う
特に多いのが長時間にわたる悪質なクレームや不当な要求で、徐々にエスカレートしていく傾向があります。カスタマーハラスメントを受けた人の多くはストレスや体調不良のリスクに悩まされており、休職に追い込まれる人も少なくありません。
クレームとの違い
カスタマーハラスメントと正当なクレームは異なります。カスタマーハラスメントが従業員に対する嫌がらせであるのに対し、クレームは企業の落ち度や改善すべき点に苦情を伝えるものです。正当なクレームについては、消費者の要望を受け止め改善に努めなければなりません。
会社にも落ち度がある場合、カスタマーハラスメントなのかクレームなのかが判断が難しい場合もあるでしょう。正当なクレームといえるためには、顧客の行為が会社の落ち度を伝えるために必要で、苦情を伝える方法としても適当かどうかが一つの判断基準になります。
カスタマーハラスメントが増えた背景
カスタマーハラスメントが行われやすいのは、接客業やカスタマーサポートの業務です。年々増え続けている背景には、どのような事情があるのでしょうか?
サービスレベルの格差
会社やお店ごとのサービスレベルに格差があることが、カスタマーハラスメントが増えている一因です。サービスの内容に違いがあるのは当然ですが、今日の日本では多くの会社やお店で高いサービスを提供しています。
他と差別化するため、よりサービスの質を高めようとしているところも多いでしょう。それが当たり前のことと思った場合、少しでも他のサービスに劣ると感じて度を超えたクレームへとつながりやすくなります。
従業員の能力不足
従業員の中では入社して日が浅く、業務に慣れていない場合もあります。能力不足により適切な接客ができない場合もあるでしょう。ミスも多くなりがちです。それに対し顧客は不当な対応を受けたと思い、過剰なクレームに出てしまうことが考えられるでしょう。
この他にも、ストレスを抱える人が増えていることも要因にあげられます。弱い立場の従業員にストレスを発散し、解消しようとしているのです。従業員から満足な対応が受けられなかった場合に、ストレスが爆発してしまうということもあるでしょう。
対策が必要になる2つの理由
増え続けているカスタマーハラスメントには、早急な対策が求められます。なぜ対策が必要なのか、その理由を見ていきましょう。
1.企業には安全配慮義務があるため
企業には従業員の安全を守る義務があります。これは、労働契約法で定められている法律上の義務です。この安全配慮義務により、企業はカスタマーハラスメントから従業員を守られなければなりません。
従業員が安心して働けるよう職場環境を整える義務があり、カスタマーハラスメントに対して何も対策を行わない場合は安全配慮義務違反になります。実際にカスタマーハラスメントが行われているにも関わらず何も措置を講じない場合、従業員から訴えられる可能性もあるでしょう。
2.離職率が高くなるため
カスタマーハラスメントが続いて従業員の心身を害するような状況が続けば、職場を離れる人も増えてきます。何も対策を取らないでいると従業員は定着せず、人材確保が難しくなるでしょう。事業の継続にも大きな影響が出てしまいます。
カスタマーハラスメントに対する6つの対策
カスタマーハラスメントにはしっかりと対策を取らなければなりません。具体的にどのような対策を行えばいいのか紹介しましょう。
1.ハラスメントを許さないことを明確にする
お客様第一主義は大切ですが、それに偏りすぎて要望はなんでも聞く姿勢でいるとカスタマーハラスメントが生まれる一因になります。丁寧な対応は維持しながらも、顧客とは対等な関係にあることを意識した接客が必要になるでしょう。
そのうえで、経営者は従業員に向け、ハラスメントは許さないことを明確にしなけばなりません。迷惑行為はたとえ顧客であっても許さないこと、不当な要求には毅然とした態度で断ることを伝え、従業員を守る姿勢を明らかにしましょう。
2.相談窓口を設ける
カスタマーハラスメントがあった場合に相談できる窓口を設けることが大切です。前述の調査では、カスタマーハラスメントの対応に困ったときに相談する場所がないと答えている人が約3割にのぼっています。
カスタマーハラスメントを受けたとき、会社の受け皿がないという実態が浮き彫りになっているのです。相談窓口がない場合、従業員は1人で悩み、心身を害するという状況になってしまうでしょう。
3.マニュアルを作成する
カスタマーハラスメントは、業種によってある程度パターンがあります。どの行為に対しどのような対応をしたらよいかがわかるマニュアルを作りましょう。
マニュアルには、次の内容を記載します。
- 望ましい対応例
- 望ましくない対応例
- 録音などハラスメントを記録する方法
- 正当なクレームと区別
- 社内の相談先
- 警察や行政機関などとの連携体制
正当なクレームは、会社にとって真摯に受け止めるものべきものです。しかし、現場の判断に任せて間違った対応をした場合、カスタマーハラスメントとなってしまう可能性があります。そのため、正当なクレームとカスタマーハラスメントとの区別も明確にしておきましょう。
4.研修を行う
マニュアルを作るだけではなく、研修を行なって従業員に周知させることが必要です。カスタマーハラスメントに対応するスキルや心構えを事前に学ぶことで、実際にハラスメントを受けた場合も毅然と対処できます。正しい対応をすることは、カスタマーハラスメントの減少にもつながるでしょう。
5.メンタルケアの体制を整える
実際に被害を受けた従業員のメンタルケアも大切です。ケアができる体制を整えなければなりません。
カウンセラーに相談できる窓口を設ける、こまめな休息や休暇を与える、配置換えをするなど、従業員が過度のストレスに晒されることを少しでも回避できる体制にしていきましょう。休職した従業員の職場復帰支援を行うことも必要です。
6.警察との連携も視野に入れる
カスタマーハラスメントは犯罪行為です。土下座や謝罪を強制するのは強要罪にあたり、釣銭などを投げる行為は暴行罪になるでしょう。店内で騒ぐ、SNSに悪口を書くなどは営業妨害や威力業務妨害にあたります。
ケースによっては警察への連携も視野に入れる必要があるでしょう。警察への通報は判断に迷うところです。どのような場合に通報するか、警察にはどう伝えるかをマニュアルに記載しておくことをおすすめします。
カスタマーハラスメントに対しNGな3つの行動
カスタマーハラスメントへの対応は、場合によっては事態を悪化させてしまうこともあります。NGな行動について紹介しましょう。
1.同じような暴言で対応する
暴言を受けたことに過剰反応し、同じような暴言で対応するのは絶対にやめましょう。暴言は社会的に許されないことです。
どんなに相手がひどい暴言を行ったとしても、正当化することはできません。さらにカスタマーハラスメントを行う口実を与え、法的に訴えられる可能性もあります。
2.逃げる・電話を切る
客から逃げる、電話を一方的に切るという行為は、どのような場合であってもビジネスではNGです。対面していて身の危険がある場合は別として、基本的に最後まで対応しなければなりません。
手に負えない場合は1人で解決しようとせず、上司などにサポートを依頼しましょう。上位者が対応することで、相手の態度が変わる場合もあります。
3.対応が遅い
対応が遅れると誠意がないと思われ、カスタマーハラスメントがさらに悪化する可能性があります。クレームには迅速な対応が不可欠です。
カスタマーハラスメントは悪い行為であっても、行為の原因になった会社側の商品やサービスに問題があったという視点は大切です。どのようなクレームにもできるだけ早く対応することを心がけましょう。
カスタマーハラスメントの裁判例
カスタマーハラスメントは裁判になった事例もあります。保険会社で窓口担当者と保険金請求についてトラブルとなり、複数回にわたり長時間の電話を行ったカスタマーハラスメントが問題になった事案です。
保険会社が営業妨害を理由に行為の禁止を求めた裁判では「従業員に受忍限度を超える困惑や不快を与え、事後的な損害賠償では重大な損害が発生すると認められる場合には違法な妨害行為になる」と判示し、妨害行為の差止めを認めました。
従業員に土下座を強要して逮捕された事案もあります。主婦が衣料品店で購入したタオルケットに穴が空いていたため、クレームを行って店員2人に土下座を強要しました。
主婦はその様子を撮影し、写真をSNSに投稿したのです。店員からの被害届を受け、主婦は強要罪で逮捕されました。
法律やガイドラインは?厚生労働省の対応
カスタマーハラスメントについて定めた法律やガイドラインはまだありません。しかし、近年カスタマーハラスメントが増加していることに対応し、政府は動きを示しています。
指針でカスタマーハラスメントについて言及
厚生労働省は2020年の指針でカスタマーハラスメントについて触れ、次のような事業主への提案を行っています。
- 上司などの相談先を決め、従業員に周知する
- 相談を受けた場合に適切に対応できるようにしておく
- 被害を受けた場合は1人で対応させないなどの取り組みを行う
- 対応マニュアル作成や研修を行う
参考:厚生労働省告示 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ず べき措置等についての指針
令和3年度に対応マニュアルを策定する方針
さらに厚生労働省は2020年6月に施行された「女性活躍・ハラスメント規制法」の指針で、雇用主にカスタマーハラスメントのマニュアルの策定や研修を求めています。しかし、この内容は抽象的でわかりにくいとされ、具体的な基準や対応方法を求める声が現場から多く出されていました。
これを受け、政府は令和3年度に向けて企業向けの対応マニュアルを策定する方針を決めています。カスタマーハラスメントでは従業員が精神疾患を発症するなど深刻な被害が問題になっており、国が考え方や対策を示す必要があると判断したのです。
マニュアルはこれまで行われてきた企業の取り組みを参考に作成され、実際にあったカスタマーハラスメントの事例も集めて作成されます。苦情処理の方法や接客上の注意点、従業員が被害を受けた場合の対応などをまとめる予定です。
作成後は厚生労働省のホームページで公開され、パンフレットも作り労働局や労働組合などに配布されます。
最後に
カスタマーハラスメントは年々増加しており、被害を受けている従業員も多いのが実情です。企業側の早急な対応が求められ、政府も対策に乗り出しています。特に、カスタマーハラスメントを受けやすい接客業やカスタマーサポートを置く会社は、従業員を守るためにも早急にマニュアル作成等の対策を行いましょう。